大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和28年(モ)1365号 判決

債権者 株式会社日蘇通信社 外一名

債務者 中里幸作

一、主  文

債権者らと債務者間の昭和二十八年(ヨ)第二一八号行為禁止仮処分事件について、当裁判所が昭和二十八年一月三十一日なした仮処分決定は、第一項中「債務者は昭和二十九年四月二十五日まで」とある部分を「債務者は昭和二十九年四月二十二日まで」と、第二項中「債務者は昭和二十九年四月二十五日まで」とある部分を「債務者は昭和二十八年十月二十二日まで」とそれぞれ変更したうえ、これを認可する。

右認可部分を除くその余の本件仮処分申請はこれを却下する。

訴訟費用は債務者の負担とする。

第一項の変更の部分は仮りに執行することができる。

二、事  実

債権者ら代理人らは、主文第一項掲記の仮処分決定はこれを認可する旨の判決を求め、その申請理由として、つぎのとおり述べた。

「一、債務者は、昭和十九年その先代中里介山より家督相続により同人の所有していた著作権全部を承継取得したものであるが、債権者株式会社日蘇通信社(以下、債権者日蘇通信社という。)は、債務者より昭和二十一年五月二十八日の契約並びに翌二十二年一月十六日の契約にもとずいて中里介山全集(後記、本件著作を含む。)の出版権並びに映画、演劇化の権利の附与を受け、同全集第一巻より第六巻までを逐次出版し、続いて第七巻(以上、いずれも「大菩薩峠」)を発刊する準備を完了したところ、昭和二十四年債務者は、不法にも前記出版契約解除を理由に当裁判所より右出版等禁止の仮処分決定を得て右出版の継続を不能ならしめた。

二、そこで、同債権者は、直ちに右仮処分決定に対し、異議並びに取消申立をなしたところ、その後、たまたま昭和二十五年十月七日中村高一外一名の仲裁により、前記出版並びに映画、演劇化に関する契約を一応失効せしめることとし、債務者との間に、つぎのような契約(以下、本件示談契約という。)を締結し、示談するにいたつた。

すなわち、

(一)  債務者は、債権者日蘇通信社に対し、中里介山著作「大菩薩峠」(以下、本件著作という。)につき、映画化する権利を無償で附与すること。

(二)  同債権者は、映画製作者に映画撮影をなさしめ、これを映画業者に上映せしめることができること。

(三)  右映画化権の存続期間は、最長二箇年とし、

(イ)  本件示談契約成立の日より六箇月以内に「シナリオ」(脚本)を作成し、その撮影許可を受けること、ただし、右期間内に映画倫理規定管理委員会の撮影許可を得られないときは、同期間は右許可可能となつたときからこれを起算すること。

(ロ)  右撮影許可の通知を受けたときより六箇月以内に撮影を完成すること。

(ハ)  右撮影完成し、始写上映したときより一箇年間これが上映権を有すること。

(四)  債務者は、本件著作を映画化する権利を失わないが、その製作映画は右(三)の期間内は自ら上映したり、或は第三者をして上映せしめないこと。

三、ところが、その後同債権者は、本件著作を映画化することは連合軍により禁止され、その撮影許可を得ることは事実上不可能な状態にあることを確知したので、そのころ、同債権者は、念のため債務者に対し、右の事情を告げたうえ、同人より、前記映画化権の存続期間は、右撮影許可を得ることが可能となつたときから起算することとすることに承諾を得た。

四、しかるところ、その後、昭和二十七年四月二十八日平和条約発効と同時に前記映画化の禁止は解除され、その撮影許可を得ることが可能となつた(同債権者においてこれを確認し得たのは同月二十六日である。)結果、同債権者は、前記約旨にもとずいて、少くとも右許可可能を確認し得た同月二十六日より起算し二箇年後たる昭和二十九年四月二十五日まで前記映画化権を有することとなつたので、その後、昭和二十七年十月上旬右映画の「シノブシス」(梗概)を作成し、同債権者の代表者小方二十世外一名名義をもつて前記管理委員会に右撮影の許可申請をなすとともに翌二十八年一月十八日債権者東映株式会社(以下、債権者東映という。)との間に、両会社に対し、前記映画の製作、上映を許諾する旨の契約を締結し、じ来、同会社をして右映画の製作、上映をなさしめるにいたつた。

五、しかるに、債務者は、他の映画会社にせん動され、前記債権者らの映画化権を無視し、南里今春ら数名を使そうし、同人らをして債権者東映の撮影所附近をほうこうせしめて同所職員に脅迫的言辞を弄せしめ、右映画の製作上映を妨害、阻止せしめようとしているばかりでなく、これを同人らその他に上映せしめようとしている。

六、よつて、債権者らは、債務者に対し、前記映画化権の確認ないしこれが妨害予防請求等の本案訴訟を提起しようとするものであるが、債務者のため、前記映画の製作、上映を妨害されたり、或はまた債務者において右映画を第三者に上映せしめたりするにおいては、前記本案勝訴判決を得ても、右権利の実効を期し難いばかりでなく、到底回復することのできない多大の損害をこうむることとなるので、右権利保全ないし損害防避のため債務者に対し、仮処分命令を申請したところ、当裁判所昭和二十八年(ヨ)第二一八号事件として、同年一月三十一日「一、債務者は昭和二十九年四月二十五日まで本件著作に関し債権者らのなす映画製作、製作映画の上映を妨害する如き一切の行為をしてはならない。二、債務者は昭和二十九年四月二十五日まで本件著作の映画を自ら上映し、または第三者をして上映せしめてはならない。」旨の仮処分決定がなされた。この決定は、もとより至当なもので、なお持続すべき必要があるから、これが認可を求める。」

なお、債務者の主張に対し、つぎのとおり述べた。

「債務者主張の事実は、これを争う。

一、債務者の主張にかかる覚書は、日活映画会社の製作にかかる「大菩薩峠甲源一刀流」なる既存映画の上映を禁止したものであつて、本件著作の映画化をその題名、内容の如何にかかわらず絶対禁止したものではない。従つて、本件示談契約は、何ら連合軍の占領目的に反するものではない。仮りに、これが占領目的に反するものとして絶対禁止されていたとしても、本件示談契約は、前記映画の製作、上映については、当局の許可を得た後においてなすことを目的としたものであつて、これが法律上絶対禁止され、その撮影許可を得られないにかかわらず、これを強行することを目的としたものではない。従つて、本件示談契約は、何ら公の秩序に反する事項を、また不能な事項を目的とした契約ではない。

二、債権者日蘇通信社の目的事業たる出版とは、一般著作物の出版を指称するのであつて、同債権者はさきに中里介山全集の出版を企図して金七百万円以上の損害をこうむるにいたつたので、右損害を補てんするため本件示談契約を締結したものであり、しかも、本件映画の製作、上映は右出版に附帯する事業と目すべきであるから、右映画化権取得行為は、同債権者の目的たる事業を遂行するに必要かつ相当な行為と称すべきであつて、その目的の範囲内に属する行為であることは明らかである。

三、債権者日蘇通信社が、本件示談契約にもとずいて、債権者東映に対し、右映画の製作、上映を許諾したのは、著作権者たる債務者のため、代理ないし媒介をしたものではなく、またこれを業としてなしたものではないから、債権者日蘇通信社の右所為は、何ら「著作権に関する仲介業務に関する法律」に違反するところはない。

四、本件示談契約条項(三)の(イ)ないし(ロ)に関する約定は、本件映画化権の存続期間を右契約成立の日(もし、右映画化が禁止されている場合は、その映画化が可能となつたとき)から最長二箇年とする。すなわち、撮影及びその準備期間を一箇年((イ)六箇月以内に「シナリオ」を作成し、撮影許可を受けること、(ロ)右撮影許可を受けたときから六箇月以内に撮影を完成すること)、上映期間を始写上映のときより一箇年とする。もし、右撮影及びその準備が一箇年以内に完了したとしても上映期間を伸長しない。また、もし、右撮影及びその準備が一箇年以上に及んだ場合はその超過期間だけ上映期間を減縮する、という趣旨の約定である。従つて、同契約条項(三)の(イ)は、右映画製作についての一応の手順を定めたまでであつて、仮りに、債権者日蘇通信社が、同条項所定の期間を徒過したとしても、このことだけで、本件示談契約が失効したり、また、同債権者の映画化権が消滅したりするものではない。」

と述べた。<立証省略>

債務者代理人らは、主文第一項掲記の仮処分決定はこれを取り消す、本件仮処分申請はこれを却下する旨の判決を求め、答弁並びに抗弁として、つぎのとおり述べた。

「債権者主張の事実中、債務者が債権者ら主張の日時にその先代中里介山より家督相続により同人の所有していた著作権全部を承継取得したこと。債務者が債権者日蘇通信社に対し債権者ら主張の日時に中里介山著作「大菩薩峠」の出版権並びに映画、演劇化の権利を附与する旨を約したこと、その後、債権者日蘇通信者が中里介山全集を債権者ら主張のように逐次出版するにいたつたところ、債務者においてその主張の日時ころその主張のような仮処分をなしたこと、そこで債権者日蘇通信社は右仮処分に対し、異議並びに取消申立をなしたところたまたま中村高一らの仲裁により債権者ら主張の日時に債務者と債権者日蘇通信社間に本件著作の映画化に関し、その主張のような契約を締結するにいたつたこと(ただし、同契約条項(二)の(イ)及び(ロ)が債権者ら主張のような約旨であるとの点を除く。)及び債権者日蘇通信社が債権者ら主張の日時にさらに債権者東映に対し本件著作の映画化を許諾する旨の契約を締結し、債権者東映をして右映画の製作、上映をなさしめていることはいずれもこれを認めるが、その余はこれを争う。

一、本件示談契約は、以下述べる理由により無効である。

(一) 本件示談契約締結当時本件著作の映画化は、その題名、内容の如何にかかわらず昭和二十年十一月十六日附連合国最高司令官より日本政府宛覚書「非民主主義的映画の除去に関する件」に違反し連合国の占領目的に反するものとして法律上絶対禁止されていたものである。従つて、右示談契約は、公の秩序に反する事項を目的とした契約であるばかりでなく不能なことを目的とした契約であるから、無効である。

(二) 債権者日蘇通信社は「ソヴイエト連邦内及び対ソヴイエト連邦関係の政治、経済、文化等諸事情の調査、報告書の発行並びにその出版及び右に附帯する一切の事業」を営むことを目的とする会社であることはその定款上明らかであるから、同債権者が本件映画を製作、上映したり、またはこれを第三者になさしめたりするが如きは、その目的の範囲外に属する行為であるから、同債権者は、これらの行為をなす権能なく、従つて、右行為を目的とした本件示談契約は、この点からも無効である。

(三) 債権者日蘇通信社は、主務大臣の許可を受けていないにかかわらず、前記示談契約にもとずき、債務者より本件著作の映画化の許諾を受けるとともにさらにこれを債務者のため債権者東映に許諾媒介し、もつて、本件著作の映画化に関し仲介業務をなしたものであるから、右債権者日蘇通信社の所為は、昭和十四年法律第六十七号「著作権に関する仲介業務に関する法律」第十条に該当する違反行為である。従つて、本件示談契約は、この点からみても無効である。

二、仮りに、本件示談契約が有効であるとしても、債権者日蘇通信社は、昭和二十七年四月二十八日平和条約の発効にともない前記映画の撮影許可を得ることが可能となつたのであるから、おそくとも本件示談契約条項(三)の(イ)の約旨に従い、同日より起算し六箇月後たる同年十月二十七日にいたるまでの間に右映画の「シナリオ」を作成し、その撮影許可を受くべきにかかわらず、右「シナリオ」を作成しないのみか、右撮影許可の申請をもしなかつたのであるから、同契約条項にもとずき、同日の経過とともに本件示談契約は失効し、同債権者は右映画化権を喪失するにいたつたものである。

三、債務者は債権者日蘇通信社に対し、本件著作に関し映画一本(長さ一、六四四米ないし三、二八八米のフイルムで一時間半ないし二時間以上に上映し得るもの、以下、同じ。)だけの製作、上映を許諾したに過ぎないから債権者等は一本を超える映画の製作上映の権利を有しない。

四、以上理由がないとしても、債務者は、債権者日蘇通信社が本件示談契約条項(三)の(イ)所定の六箇月の期間を徒過した場合は、同契約は失効するものと、また、同債権者に対し右映画一本だけの製作、上映を許諾するものと誤信して、本件示談契約を締結したものであるから、本件示談契約は、その要素に錯誤があり、無効である。

五、債権者日蘇通信社は、昭和二十五年十月本件示談契約締結後、債務者に対し、前記映画を始写上映したときより六箇月後においては、債務者において本件著作に関する映画の上映をなすことを承認する旨を約しているのであるから、同債権者は、債務者に対し、右日時以後において債務者のなす右映画の上映禁止を求める権利は有しない。

六、なお、債権者らの有する前記映画化権は、単なる債権契約上の権利に過ぎないのであるから、右映画化権にもとずいて、債務者に対し、妨害予防を求める権利を有しない。また、仮りに、右映画化権が物権であるとしても、債権者東映は、右映画化権の取得につき登録がないから、これをもつて第三者たる債務者に対抗することはできない。よつて、本件仮処分申請は、失当である。」

と述べた。<立証省略>

三、理  由

一、債務者が昭和十九年その先代中里介山より家督相続により同人の所有していた著作権全部を承継取得したこと、債務者が債権者日蘇通信社に対し債権者ら主張の日時に中里介山著作「大菩薩峠」の出版権並びに映画、演劇化の権利を附与する旨の契約を締結したこと、その後債権者日蘇通信社が中里介山全集を債権者ら主張のように逐次出版するにいたつたところ、債務者において昭和二十四年債権者日蘇通信社に対し債権者ら主張のような仮処分をなしたこと、そこで債権者日蘇通信社は右仮処分に対し異議並びに取消申立をなしたところ、たまたま中村高一らの仲裁により昭和二十五年十月七日債権者日蘇通信社と債務者間に本件著作の映画化に関し債権者ら主張のような契約を締結し、示談するにいたつたこと(ただし、同契約条項(三)の(イ)及び(ロ)が債権者ら主張のような約旨であるとの点を除く。)及び債権者日蘇通信社が昭和二十八年一月十八日債権者東映に対し本件著作の映画化を許諾する旨の契約を締結し、債権者東映をして右映画の製作、上映をなさしめていることは、いずれも当事者間に争なく、右示談契約締結当時本件映画の製作、上映が事実上関係当局の許可を得られない状態にあつたこと(法令上これが禁止されていたか否かは別として)は債務者において明らかに争わないことろである。

二、よつて、まず、債務者は本件示談契約締結当時本件著作の映画化は連合軍の占領目的に反するものとして法令上絶対禁止されていたものであるから、本件示談契約は、公の秩序に反する事項を、また不能なことを目的とした契約であつて無効である旨主張するので、この点について考察する。

昭和二十年十一月十六日附連合国最高司令官より日本政府宛覚書「非民主主義的映画の除去に関する件」は、日活映画会社の製作にかかる「大菩薩峠甲源一刀流」なる既存映画の売却、交換ないし公開上映を禁止したものであつて、本件著作の映画化を直接禁止したものでないことは、同覚書自体に徴して明らかであるし、また、同覚書が、本件著作を映画化することそれ自体を、その題名、内容の如何にかかわらず、一般的に否定する趣旨とも必ずしも解し得ないから、本件著作の映画化が前記のとおり事実上許可を得られなかつたとしても、これが必ずしも連合国の占領目的に反するものとして法令上絶対禁止されていたものとは解し難い。のみならず、仮りに、本件著作の映画化が法令上絶対禁止されていたとしても、前記示談契約条項に証人安達幸雄、田島善太の各証言を総合すれば、前記示談契約は、本件著作の映画化が、連合軍により絶対禁止され、その撮影許可を得られない場合は、右許可を得ることが可能となつてから本件映画の製作、上映をなすことを目的としたものであつて、右映画化が、絶対禁止されていると否とにかかわらず、本件映画の製作、上映をなすことを目的としたものではないことが一応認められるから、本件示談契約は、公の秩序に反する事項を目的とした契約とは解し難いばかりでなく、また、不能なことを目的とした契約ともいい得ないので、債務者の右主張は採用できない。

三、つぎに、債務者は、債権者日蘇通信社が本件映画を製作、上映したり、また、これを第三者になさしめたりするが如きは、その目的の範囲外の行為であるから、本件示談契約は無効である旨主張するので、この点について考察する。

成立に争ない乙第四号証の二によれば、債権者日蘇通信社は、その定款上「ソヴイエト連邦内及び対ソヴイエト連邦関係の政治、経済、文化等諸事情の調査、報告書の発行並びに出版及び右に附帯する一切の事業」を営むことを目的とする会社であることが一応認められるから、同債権者において、本件映画の製作、上映をなすが如きは、その目的自体外の行為に関するものと一応考えることができる。

しかしながら、会社の定款により定められた目的自体に包含されない行為であつても、社会観念上その目的たる事業を遂行するため相当と思料される行為は、また、会社の目的の範囲内に属する行為と解するのが相当であるところ、元来、著作物の出版といい、映画化というも、ひとしく著作物の利用行為であつて、この間に何らのけん連性もないともいい得ないので、同債権者の本件映画化権取得行為は、同債権者の定款所定の目的たる出版事業(ここにいわゆる出版とは、必ずしもソヴイエト連邦に関係した調査、報告書等の出版に限らず、その他一般の著作物の出版をも含むものと解し得る。)にけん連性ある行為といい得るのみならず、証人安達幸雄の証言に債権者日蘇通信社代表者本人尋問の結果を総合すれば、同債権者は、前記認定のとおり、中里介山全集(大菩薩峠)の出版を企図してその一部を出版したものの、結局金七百万円以上の損害をこうむるにいたつたので、右映画化権を無償取得することになり、これが損害を補てんし、その資力を回復せんがため、本件示談契約を締結するにいたつたことが認められるから、本件示談契約は、同債権者の資産維持のため、必要かつ有益な行為と解し得るとともに、右疏明資料によれば同債権者会社は、登記こそしなかつたが、右契約を受認するための万全の策として昭和二十五年十月初旬、定款変更を議題とする株主総会を開催し、同債権者の定款に定められた目的事業に「映画の製作、上映に関する事業」を追加する旨の決議をなした事実、すなわち右契約を以て同会社のため必要かつ有益なるものとして之を容認した事実をも一応認めることができるから、これらの事情の下においては、同債権者の本件映画化権取得行為は、同債権者の目的たる事業を遂行するに相当な行為と解するのが妥当であるから、本件示談契約は、同債権者の目的の範囲内に属する行為と解すべく、従つて、債務者の右主張も理由がない。

四、つぎに、債務者は、本件示談契約は「著作権に関する仲介業務に関する法律」第十条に該当する違反行為で、無効である旨主張するので、この点について考察する。

債権者日蘇通信社が、著作権に関する仲介業務をなすにつき、主務大臣たる文部大臣の許可を受けていないことは、乙第四号証の一に徴し、明らかであるけれども、同債権者が、本件著作の著作権者たる債務者のため、前記示談契約にもとずいて、本件著作の映画化を債権者東映に許諾し、媒介した、との事実、すなわちいわゆる仲介業務をなした事実については、これを認めしめるに足りる十分な疎明資料はないから、債務者の右主張も採用するに由ない。

五、つぎに債務者は、債権者日蘇通信社は、昭和二十七年四月二十八日平和条約の発効とともに右映画の撮影許可を得ることが可能となつたのであるから、おそくとも、本件示談契約条項(三)の(イ)の約旨に従い、同日より起算し、六箇月後たる同年十月二十七日にいたるまでの間に、右映画の「シナリオ」を作成し、その撮影許可を受くべきであるにかかわらず、右「シナリオ」を作成しないのみか、撮影許可の申請をもしなかつたのであるから、同契約条項の約旨に従い、本件示談契約は失効し、同債権者の映画化権は喪失した旨主張するので、この点について考察する。

債権者日蘇通信社が、本件示談契約条項(三)の(イ)所定の期間内に右映画の「シナリオ」を作成せず、また、その撮影許可を受けなかつたことは、債権者らにおいて明らかに争わないところであるが、同契約条項に関する約定が、ただこれだけの事実で、同契約が当然失効し、債権者日蘇通信社の映画化権が当然消滅する趣旨であつた、との点については、これを認めしめるに足りる疎明資料は全然ないばかりでなく、却つて、一応その成立を認め得る甲第十三号証に証人安達幸雄、田島善太の各証言を総合すれば、同契約条項(三)の(イ)に関する約定は、債権者日蘇通信社において同条項所定の六箇月の期間を経過したとしても、結局、これがため、撮影の完成がおくれれば、それだけ上映権の存続期間が短縮されるに過ぎないだけのことであつて、右期間徒過の一事により、本件示談契約が当然失効したり、また、同債権者の映画化権が当然消滅したりする趣旨ではなかつたことが一応認められるから、債務者の右主張も採用できない。

六、さらに、債務者は、債権者日蘇通信社に対し、本件著作に関し映画一本だけの製作、上映を許諾したに過ぎない旨主張するので、この点について考える。

証人池谷四郎、田島善太の各証言並びに債務者本人尋問の結果のうちには、多少右主張に副うような供述があるけれども、これだけでは、いまだもつて右主張事実を認め難く、却つて、成立に争ない甲第一号証(本件示談契約書)に債権者日蘇通信社代表者本人尋問の結果を総合すれば、本件示談契約は、右映画一本だけの製作、上映に必ずしも限定されない約旨であることが明らかであるから、債務者の右主張も採用するに由ない。

七、また、債務者は、債権者日蘇通信社が、本件示談契約条項(三)の(イ)所定の六箇月の期間を経過した場合は、同契約は失効するものと、また、同債権者に対し右映画一本だけの製作、上映を許諾するものと誤信し、本件示談契約を締結したものであるから同契約は、その要素に錯誤があり、無効である旨主張するのでこの点について考える。

債務者に於て前記権利の存続期間の点に関し錯誤があつたとの事実については、その的確な疎明なく映画の本数の点についも、前段認定の疎明資料に徴すれば、何ら錯誤ありとは認められないから、債務者の右主張も採用するに値しない。

八、なお、また、債務者は、債権者らは、前記映画を始写上映したときより、六箇月以後においては、債務者のなす右映画の上映禁止を求める権利を有しない旨主張するので、この点について考える。

成立に争ない乙第二号証の二によれば、債権者日蘇通信社は、昭和二十五年十月本件示談契約締結後、債務者に対し、本件示談契約条項(四)に定めた期間を短縮することとし、前記映画を始写上映したときより、六箇月以後においては、債務者において本件著作に関する映画の上映をなすことを承諾する旨を約した事実を一応認め得るところ、債権者らにおいて前記映画を始写上映した日時が、昭和二十八年四月二十三日であることは、証人石原春夫の証言に徴し明らかであるから、債権者らは、債務者に対し、同日より起算し、六箇月以後たる同年十月二十三日以後においては、本件著作に関する映画の上映禁止を求める権利はこれを有しないものといわなければならない。

九、果してそうだとすると、債権者日蘇通信社は、本件示談契約条項(三)の約旨にもとずき、前記映画化が可能となつた平和条約発効の日たる昭和二十七年四月二十八日(この事実は債務者において自陳するところである。)より起算し、最大限二箇年後たる昭和二十九年四月二十九日まで、右映画の製作、上映をなす権利を有し得るものなるところ、債権者らにおいて、前記映画を始写上映した日時が、昭和二十八年四月二十三日であることは、前段認定のとおりであるから、同日より起算し、一箇年後たる昭和二十九年四月二十二日まで、前記映画の製作、上映をなす権利を有すると同時に、また、本件示談契約条項(四)の約旨並びに右九に認定したところに従い、債務者に対し昭和二十八年十月二十二日まで本件著作に関する映画の上映禁止を求める権利を有するものというべく、従つて、また、債権者東映は、昭和二十八年一月十八日以降右債権者日蘇通信社の有する権利の範囲内において、本件映画の製作、上映をなす権利を有するものというべきであるが、これ以上(すなわち、債権者らの主張する昭和二十九年四月二十五日まで)債権者らにおいて本件映画の製作、上映をなす権利ないし債務者に対し右映画の上映禁止を求める権利はこれを有しないものといわなければならない。

十、しかるところ、成立に争ない甲第八号証の一、二、一応その成立を認め得る甲第十五、十六号証に証人石原春夫の証言並びに債務者本人尋問の結果を総合すれば、債務者は、昭和二十七年ごろ、債権者日蘇通信社の右映画化権は消滅したと称し、南里今春に対し、本件著作の映画化を許諾する旨を約した事実、南里今春が、昭和二十八年一月十六日附書面をもつて、有限会社大菩薩峠刊行会代表取締役中里幸作の代理人名義で、債権者東映に対し、本件著作の映画化の中止方を求めた事実及び南里今春が、他数名とともに、昭和二十八年四月ごろ、債権者東映の撮影所附近にいたり、同撮影所職員に対し、「大菩薩峠の映画は実力をもつても撮影させない」等と放言し、如何なる実力行為を加えるかも知れないような態度を示した事実等を一応認めることができるので、これら疎明される事実に徴すると、債務者において、本件著作に関する映画を第三者に上映せしめたり、或は債権者らの前記映画の製作、上映を妨害したりするおそれなしとしないことが一応推認できる。右認定に反する証人南里今春の証言は信用しない。

果してしからば、債権者らは、債務者に対し、前記映画化権の確認ないしこれが妨害予防並びに本件著作に関する映画の上映禁示を求める権利を有するものといわなければならない。

十一、債務者は、債権者らの有する前記映画化権は、単なる債権契約上の権利に過ぎないから、右映画化権にもとずいて、債務者に対し、妨害予防を求める権利を有しない旨主張するけれども、右映画化権は、本件著作を直接使用、収益することを目的とする物権的な権利であつて、これは単なる債権とは解し得ないから、債務者の右主張は採用に値しない。

さらに、債務者は、仮りに右映画化権が物権であるとしても、債権者東映は、右映画化権の取得につき登録がないから、これをもつて第三者である債務者に対抗することはできない旨主張するけれども、右映画化権の取得につき、登録がなければ、これをもつて第三者に対抗し得ない旨の法令上の根拠規定は全然存しないのみならずまた、そのようにも解し得ないから、債務者の右主張も採用できない。

十二、以上の次第であるから、債権者らの本件仮処分における被保全権利は、結局、以上認定の限度において、その疎明があるが、その余は、その疎明がないことに帰着する。

十三、よつて、進んで、本件仮処分の必要性について考察する。債務者において本件映画の製作、上映に妨害を加えたり、また本件映画を第三者に上映せしめたりするおそれのあることは、前に認定したとおりであり、また、これらの行為が現実化するにおいては、債権者らの前記権利の実効を期し難いことは明白であるばかりでなく、債権者にとつて、到底回復不能の多大な損害をこうむるであろうことは、前記証人石原の証言により一応その成立を認め得る甲第十九号証の一、二により明らかであるから、右債権者らの権利の保全ないし損害防避のため、本件仮処分をなすべき必要性のあることは勿論であつて、この点についても、また、その疎明がある。

十四、以上の理由により、本件仮処分申請は、一部については、その理由があるが、その余は、失当であるから、当裁判所が、さきにこれを全部認容してなした前掲仮処分決定は、主文第一項掲記のように変更したうえ、これを認可し、右認可部分を除くその余の本件仮処分申請を却下することとし、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十五条、第八十九条を、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 北村良一 荒木秀一 唐松寛)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!